2013年12月7日土曜日

Respecter

Respecter


多くの事が違う中で
日々、相手との衝突や自分の中で葛藤があります。

でも、その中でも基本的には相手の文化を尊重したいです。

でも、時にはどうしても受入れがたいことがあります。

例えば。

セネガルはおもてなしの文化でテランガと呼ばれています。
お昼ご飯は誰かが食べに来いって言ってくれるし、
少し話して仲良くなるとすぐに、ご飯食べていけって言ってくれます。
みんなで大皿で手で食べるセネガル料理はとてもおいしいです。

そしてセネガル人同士は家にもわりと勝手に入っていきます。

みんなあまり気にしません。

ご近所さんとかはしょっちゅう出入りしています。

私はしょっちゅう隣人さんが昼ご飯に呼んでくれるので(ほぼ毎日)

いつも一緒に食べてます。

基本的には家に人をいれるのはあまりよくないのですが

「なぜお前はいつも来るのに、私たちは入ってはダメなのか。」

と言われれば、かなり断りにくいです。

何日か前、隣人の中学生の女の子とお手伝いさんが

ギターを弾いてほしいと、食事後に私について

家にきました。(というかベランダが共有なので、すぐそこ)

結構仲よしなのですが、家に入れて失敗した、と後から思いました。

パソコンはひろげたままだし、スマホはあるし、

本はたくさん積んであるし、ギターはあるしで

それらを見て、マイマ攻撃がきました。
(マイマは現地語で「ちょうだい」の意味)

結構打ち解けてると思っていた自分が

彼女たちを実はあまり信用していなかったんだという事にも気が付きました。

そして何だか、圧倒的な環境の違いも感じました。

「なんで家に入っちゃダメなの?」

という問いに対するいい答えがなくて、いつも困ってしまいます。

相手の文化を尊重したい。けれど、やっぱりすべてをすべて

受け入れることはできなくて(その必要もないのかもしれないけれど)

Respecterしながら、うまく関係を築いていくのって難しいなあって思います。

文化が違うから
人種が違うから
言葉が違うから

いろんな違いがあると、何かに衝突したときに、原因をそのせいにして

考えることをやめてしまうのは簡単だと思います。

でも、それって何だか悲しいなって思います。

そんな簡単になんて理解は出来ないけれど

相手を尊重しつつ、理解しようとする姿勢だけは

なくさないでいきたいなあ、と思います。


隣のリンゲール市に行ったとき、同期の友達の活動場所で、ちょこっとお手伝い。


市内にあるスタジアム。リングのないバスケットゴール。

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