2014年3月22日土曜日

辛い言葉

Bonsoir!

しばらくブログを書けていませんでした。

ここ最近は、首都ダカールに上がって、帰国隊員を見送ったり、

世界遺産のサンルイでDELFのB1(フランス語のテスト)を受けたり、同期とサンルイを観光したり。

移動が多く、バタバタ、そして今日で2学期が終わりました。

明日から4月6日まで2週間程度の休みに入ります。

移動した疲れもあるのか、何だか張っていた糸が切れて、ふわ~としています。

書きたいことはたくさんあるのですが、もう少し整理してから書こうと思います。

何だかがっかりすることが相次ぎ、なんだかなあ~っと言うのが正直な気持ちです。

休みに入ったのが救い。

先日、図工の授業を約束していた学校に行き、4年生の図工の授業をしたのですが、

その後、不満があったらしく、私には直接言わず、他の先生にその不満を言っているのを

耳にしたり。授業中、私に任せて教室からいなくなったので、何回か呼びに行って、

子どもたちに現地語での説明をお願いしたりしました。

その先生は、ボランティアの立ち位置を少し誤解しており、図工や音楽を代わりにやってくれる人という認識を持っているように感じます。(なので一緒にはやらず、教室からいなくなることがある。)

私が1人で授業をやらず、説明等で呼びに来られたのが、不満だったよう。

私は、不満を持たれてもいいし、悪く言われてもいい。でも、他の不満を聞いていた先生が

「本人に聞きなよ。」というと「(その理由なんて私が)知る必要ないわ!」と言っていたのが

何よりもショックでした。

私が聞いても、本音を言わず、「授業よかったよ。」と、その話題はもうしたくないようなそぶり。

その後も、「1人で授業をするんじゃなくて、あなたの協力が必要だし、一緒に授業をしたいんだよ。」

と言っても、「わかったわ。」と一言。

どんな状態でも、改善する余地はあると思う。でも、「知る必要がない」というのは、一番辛い言葉でした。(そして結構打ち解けていて、なんでも話す先生だったから尚更ショックでした。)

ダメだったら、ダメだった原因を話し合えばいい。

不満があれば、お互いに話して、違う方法を考えればいい。

でも、知る必要がないという言葉は、心に突き刺さりました。

何だか、大きな壁が先生と私の間に立ちはだかっているような気がしました。

でも、その後も何事もないように、そしていつものように話して「アミナ(私)は友達!」

とか言ってくれるのさえ、うそのように聞こえてしまう自分にまたへこんだり。



そして今日は、いつものようにバレーに行くとき、空き地で子どもたちが大勢集まっているのを見ました。

近くにいた先生たちに聞くと、4月4日の独立記念日に何かをするようで、その練習をしているんだとか。

へえ~面白そう。と思って、ここで4日やるの?と聞くと、そうだよ、とのこと。

「じゃあ、見に来るね!」というと先生たちは笑顔で「来なよ!」と言ってくれたのですが、

1人の先生(以前から知り合いの先生)が、「ダメだよ、来たら。」と言います。

なんで?と聞くと、「来るのは禁止されているから」と言います。

なんで禁止?と聞くと、「君はセネガル人じゃないからね。ダメだよ、来たら。」

と言われ、悲しい怒りのようなものがこみ上げてきました。

冗談なのか、冗談じゃないのか。

何だかそんなのすらどうでもよくなるくらい、悲しくなりました。

そういう人ばかりじゃないし、理解してくれる人もいます。

そしてかわいい子どもたちが、私を見ると、いつも教えた歌を歌ってくれる姿に心打たれます。

でも、何だか、立て続けにこういう事があり、心も身体もいっぱいです。

ちょうどいいタイミングでの休みでした。ちょっとゆっくりして、また気持ちを新たに

新学期を迎えられるようにしていきます。


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